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肝臓の微細構造に通じている電子顕微鏡学者や、肝細胞の分子レベルの反応について詳しい情報をもっている酵素学者が必ずしも優れた肝臓病の専門家ではないし、いわんや信頼できる肝臓病患者の主治医とはいい難いことはいうまでもありません。
それよりも見落としてはならないのは、このような性格の医学・医療が医療者と患者との間の人間関係に及ぼす影響です。
診察室に一人の患者が現われると、ゆっくりその訴えを聞いたり、顔の表情をうかがったりするよりも、多くの場合、医者は一刻も早く問題の核心、つまり悪い臓器一肝臓とか肺とかにたどりつこうとあせります。
診察時間の忙しさということもあって、これは心臓、これは肝臓というような選別をどれほど能率よく迅速に行うかが、今日の医者の″腕″ということになります。
これに比べると東洋医学の先生たちは、ずいぶん長い時間を一人一人の患者に割いているようです。
病気の経過がはかばかしくないと東洋医学の診療所を訪れる人が少なくない理由の一つは、選別さえ終ればほかのことを聞く耳はもたぬという形の病院医療にあきたらなくテーマだ残っている訴えを、聞くだけでもゆっくり聞いてもらいたいという患者の切実な願望と全く無関係ではないようです。
患者のもっているあらゆる問題に対処しようとする現代の医療の世界では、肝臓病の人は肝臓に、肺の悪い人は肺に、いってみれば二本の足が生えているのです。
肝臓以外、肺以外のあれこれにいつまでもかかわっていると、治療の目標を見失うおそれがあるのです。
この場合、その肝臓や肺を部品修理して患者の病いわずらいが消え去れば問題はないのですが、どこかに幾分でも分析困難、分類不能の悩みが残っていると・つまり選別機械の外にほうり出されると、病院に入院していても″縁なき衆生″ということになりかねません。
現代医学への不満の一部が、この辺にありそうです。
昔は、医者は医者であるよりも、あるいは少なくともそれと同時に、地域社会の医者」員でした。
しかも、しばしば重要な一員でした。
地域全体に、その存在と、人となりと、そして役割とがあらかじめ知られていました。
また医者の方では一人一人の患者を病気になる前から知っており、その両親・家族の健康状態や生活の状況、そして家庭の経済水準までも予備知識として知っていました。
まず患者と同じ地域社会の一員であり、そしていわば二次的に医療技術者としての役割を演じることを求められたのです。
かかりつけの医者ですから、その患者自身の出生に始まり成長の過程で経験したあらゆる病気の歴史が、その頭に入っています。
どういう薬を使うと副作用を起こすかも知っています。
つまり医者というものはもともと「地域の医者」であって、シベリアの小暗い森の中でシャマンと部落の人たちとの間に成立していたような人間関係と技術関係が受けつがれていたといっていいでしょう。
ところが現代医学の場合は部品修理的な考え方に支配されており、「科学的」であるということは「どこで誰がやっても同じである」という客観性を意味するわけですから、自動車を運転していてどこか調子が悪いと気づいた時に行き当りばったり目に入ったサビスステションに飛び込むように、体の具合が悪くなると出合い頭の病院に飛び込むことになります。
人間関係の欠落した、あるいは人間関係を必要としない医療の世界が、そこに展開するのです。
これは一面、大変便利な仕組みですが、いったん事がこじれ出すと、医療の場でいろいろ感情的な行き違いが起こるのも当然なことのように思われます。
タテとヨコの専門分化に細かく、深く入り込むことによって「真実」に近づくことができるという確信部品の欠陥を的確に指摘し巧みに修理すればたちどころに全体としての人間が元通りになるはずであるという信念に支配されているのですから、部分、部分の細かい情報に通じた専門家が大きな顔をするようになるのは当然です。
中世までは、医者は内科医と外科医との二つぐらいにしか分かれていませんでした。
当時、外科医は潟血を主な仕事としていましたから、いわば床屋さんに近かったわけで、部品修理屋として内科医より一段下に見られていました。
ところが部品修理が医学の本流を占める時代になって、たとえば内科は神経内科、呼吸器科、循環器科、消化器科、腎臓科、内分泌科、等の臓器別に専門分化するほか、アレルギー科とか感染症科とか膠原病科などの臓器にかかわらない専門科も出現しました。
専門分化して専門家ができると、それらの人たちが学会というものを作りますが、それを大きくまとめた組織が、わが国の場合は日本医学会です。
その日本医学会の分科会つまり所属専門学会の数は現在ほぼ八〇ですが、毎年新しい学会の申し込みが多く、なかなか新加入が認められないのが実状です。
医療における人間関係の原型は、一人の医者対一人の患者でした。
「万事おまかせ致します」、「引き受けました」という関係でした。
だから、親にもいえない秘密を打ちあけます。
その代わり、ヤブ医者にかかったら百年目、ということにもなります。
ところが近ごろでは、ほとんどすべての医者は多かれ少なかれ専門家ですから、きわめて軽い病気の場合以外は、一人の医者で間にあうことはむしろ稀であるといわなくてはなりません。
心臓と肝臓と腎臓の調子が悪いと思えば、三人の医者の門をくぐるということになります。
間違って専門外の医者のところへ飛び込んだら大変なことになりかねません。
「医者を選ぶのも命のうち」という言葉があります。
この警句はもともとはおそらく「いい医者」「悪い医者」の鑑別についてのものであったと思いますが、専門分化時代の医療についての警句としても通用するように思います。
医者を訪ねる前にまず、患者は自分で自分の病気を診断してかからねばならないというわけです。
昔の東大内科の教授、入沢達吉先生に「魚の骨専門の間にひっかかり」という狂句があります。
子供ののどに魚の骨がひっかかったというので消化器(食道)の先生のところへつれて行くと「こちらには見えません」という。
「それでは……」というので今度は呼吸器(気管)の先生のところへ行くと「気管の側にもありません」という。
そのはずで、魚の骨は食道と気管一専門と専門との間にひっかかっていたのだという風刺です。
専門分化の弊は、何も診断だけではありません。
治療の場面にもあらわれます。
かつて、アメリカとイギリスにおける人口割りの手術数が問題になったことがあります。
そして、アメリカの方が手術がきわだって多いのはアメリカの外科医の数がイギリスの倍であることが、その理由とされたのです。
実際、同じ病気でも内科医のところへ行くと薬をくれるし、外科医にかかると切られるということが起こりえます。
必ずしも、そのいずれかが間違っているときめつけることができない場合もありますが、いずれにしても、患者の立場からではなく専門技術の立場から医療上の意思決定がなされるというのは、望ましいことではありません。
科学の進歩にともなって必然的に専門分野の研究者が出現しますが、診療の第一線するので、その全体をカバすることは一人の医者の能力の限度をこえるに至ったということもありましょう。
しかし今日よりもはるかに情報量の少なかった戦前からすでに専門分化の強い傾向が顕著だったのです。
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